リレーインタビュー

第11回 日本電気株式会社 山田 哲寛氏インタビュー

何者でもない人が何者かになっていく場に

山田 哲寛氏

日本電気株式会社 コーポレートトランスフォーメーション部門 データマネジメントオフィス 主任

第一線で活躍する方々の経験と哲学をじっくりと伺うリレーインタビュー。 今回は、日本電気株式会社 山田 哲寛氏に、転機や仕事をする上で土台となる価値観などについて伺った。

2009年、日本電気株式会社(NEC)入社。一貫して社内情報システム部門に所属。大規模ERP導入プロジェクトで業務プロセス改革に長く従事した後、海外法人ICT整備業務、全社ITガバナンス業務を経て、2022年10月より現所属。2017年頃より社内有志活動 “CONNECT” の立ち上げと運営、社内外勉強会コミュニティの運営など、活動の場を拡大。JUASでは2017年度デジタル化研究会に初参加、2020年度よりデジタル変革リーダー自己育成研究会の部会長を務める。

恩人がくれた機会と出会いが世界を広げてくれた

●キャリアについて簡単にご紹介ください。
――もともと人が物事に取り組むプロセスに関心があり、当時、全社業務プロセス・IT改革プロジェクトを進めていた日本電気株式会社(NEC)の情報システム部門に新卒で入社しました。それ以来、一貫して社内向けの部門に勤務しています。入社後はERPの刷新に伴う業務プロセス改革(BPM)に携わり、その後、海外法人のICT環境整備、全社ITガバナンス業務を経て、2022年10月にデータマネジメントオフィスに異動したばかりです。

簡単にキャリアを総括すると、IT構築屋というより問題解決屋として働いてきました。

●一番思い出に残っているお仕事について教えてください。
――2016年、Beaconユーザーシンポジウム(現:株式会社ユニリタ主催)で「NECの経営システム改革を支えるBPM~継続的業務プロセス改善の秘訣~」と題して事例発表したことです。入社以来、上司や先輩と一緒に取り組んできたことを一般の方々に向けて紹介し、幸いにして好評を得ることができました。この仕事の機会をくれた社外の恩人は、懇親会で渋る私を連れ回し、いろいろな方に引き合わせてくれました。そこで出会った方が主催する社外の勉強会に参加することになり、そこから私の世界が広がり始めました。私が社外の勉強会やコミュニティに自分から参加するようになる転機でした。これが無ければJUASにも参加していなかったでしょう。この恩人にはいくら感謝しても足りません。

自ら希望を作っていく

●人生において(仕事をするうえで)、大切にしていることを教えてください。
――人生で大切にしている5つのキーワードがあります。「感動」「継承」「葛藤」「真理」「希望」です。

・感動
正しさや良し悪しはもちろん大切ですが、それを超越する「心が震えるような感動」があるか。そこまで大げさでなくても「しっくりくるかどうか」といった理屈にならない感覚や美意識、価値観を大切にしています。誰もがそれぞれの感動を追い求められる世界にしたいと思いながら生きています。また、自分の内面が「感動したふり」に陥らないように心懸けています。内面の感動には厳しく正直でありたいからです。

・継承
人間の営みは、情報、もの、お金、さらには知恵、感動、仕組みなど「何かを人から人へ受け渡し、受け取る継承の連鎖」によって出来ているものだと捉えています。この営みは、決して当たり前のことではありません。同じ時代に生きている人々の間での継承だけでは世界はつくれません。今我々がこうして生きているこの世界は、過去の人々が営々と積み重ねてきたものを受け継いだ先に出来たものです。奇跡的なものなのです。
このような、この世界は今を生きる人々だけのものではないという考え方として「死者の民主主義」という概念があります。今、私たちが社会のあり方を決めるとき、自分たちに遺産を受け渡してくれた死者たち(先人)の意見も、さらにはこれから生まれて来る人々のことも尊重して決めるべきという考え方です。その考え方に強く共感します。

・葛藤
真摯に仕事をすれば必ず、相反する要求に直面します。最も簡単な例はQCDSのトレードオフでしょうか。こういった矛盾や葛藤に向き合うことを大事にしています。葛藤を避けたり誰かに転嫁している限り、本物の知恵は得られません。自ら真剣に葛藤することを通じて知恵が手に入ります。身を切って手に入れた知恵があってこそ、矛盾や葛藤を乗り越えていけるのだと考えています。

・真理
大学時代にintellectual honesty(知的正直さ)という態度を学びました。知ったかぶりをしないこと。自説が正しいはずと固執するのではなく、現実(観測事実)を尊重すること。科学では、わからないことはわからない、語れないことは語れないとはっきり言います。今日信じていた前提が明日には崩れるかもしれないことを受け入れます。ビジネスでもこの態度を大事にしたいと思っています。

・希望
中学生のころ、父が話してくれました。「自分の青春時代は現代よりも遥かに貧しく不便だった。しかし、当時はありふれていたが現代では圧倒的に不足しているものがある」と。
何だと思いますか? ―希望です。

当時は誰もが、今日より明日、今年より来年、未来は必ず良くなっていくと無条件に信じていた。それが本当に良かったというのです。みんながそう信じていたから、本当にそうなったのです。

社会のほとんどは人間が作ったものです。人が作るものなのに、まるで自然現象を語るかのごとく「この国はだめになっていく」と言い放つのは許せません。現役世代が次の社会を作っていくのだから、そんな無責任なことを言うなと。希望は全ての営みの源です。もう一歩進んで、自分が希望を作らねばと思います。未来が良くなるか悪くなるかではなく、良くするのです。良くするために知恵を絞るのです。

●山田さんは、多くの本も読まれていると伺っています。今は、どんな本を読まれているのですか?
――何冊も並列で読みます。
今年邦訳が出版された『マネージング・フォー・ハピネス』『マネジメント3.0 適応力の高いチームを育むための6つの視点』と、『組織を芯からアジャイルにする』は特に面白く、為になりました。簡単に理解できたという本ではないので、手元に置いて改めて読んでいます。共通する良さは、現実の不確実性に向き合う矛盾や苦しみから逃げたり、誰かに押し付けたりせず知恵を絞っている「匂い」がするところです。
学術的な本や難しい本は読書会の力を借りて読みます。教育心理学読書会というコミュニティで今は『能動的推論 -心、脳、行動の自由エネルギー原理』を読んでいます。
愛読書は何度も読み返します。著者の思考プロセスを盗む型稽古みたいなものです。『アジャイルな見積もりと計画づくり』『組織パターン』『美徳なき時代』『小林秀雄の流儀』など。何が書いてあるかはもう全部知っている。それでも、ふとした瞬間に頭の中で著者の声が聞こえてくるまで幾度となく読み返すのです。

理想の組織は、家族のような側面をもつ

●今後の夢や、やりたいことがあれば教えてください。仕事でもプライベートでも結構です。
――私はNECの企業理念が好きで就職しました。「人々が相互に理解を深め、人間性を十分に発揮する豊かな社会」という一節を実現するために働いています。そのためにも、「生産性を飛躍させる」「理想の組織をつくる」の2点を自分なりの形で実現するつもりです。その延長上に「故郷を繁栄させたい」という目標もあります。老後は好きな本の注釈や翻訳を書きつつ、私塾をやりたいと考えています。

●山田さんの考える「理想の組織」はどのようなものですか。
――2つの全く異なる側面を持つ組織を想定しています。一つは「自律分散型で一人ひとりの才能を発揮する自由」の側面、もう一つは「家族のような安全と安心」の側面です。
自由は大切ですが危険や苦しみも伴います。その部分を受け止めるのが家族の側面です。家族は束縛もありますが、危険や無規範(anomie)から個人を守る砦であり、疲れたときに帰る場所です。ただそこに居ることが許される場所です。この両側面があれば、人々が相互に理解を深め、人間性を十分に発揮しつつ、安心して働き、暮らしていけるでしょう。安全でほっとする場所を持ちつつ働けるならば、人は優しくなれると思います。

JUASは会社を良くするための有効な手段

●JUASスクエアのモデレータや部会長を数年やっていただいています。山田さんにとってJUASとはどんな場所でしょうか。
―― 一言で言うと、第3の場所、サードプレイスです。日常の業務ともプライベートも違う。その中間の場ですが、業務の一環として参加していますので、業務寄りの第3の場です。
この点が完全な有志の勉強会コミュニティとは違います。また、ベンダー系のユーザー会とも違い「本音かつ真剣で広汎な議論をした」と言える説得力があります。そういう意味で、私にとってJUASは「会社をより良くするための有効な手段」であるとも言えます。

●JUASでやってみたいことなどあれば、教えてください。
――JUAS発の事業を起こしてみたいですね。「教育や研究会になんの価値があるのですか」という短期的利益を求める声に対して、言葉で反論して説得するのではなく、実力と実績の両面で価値を体現したいのです。
世の中には幾多の教育コースやビジネスコンテストがあり、価値あるものも多いことは重々理解しています。それでも、「もう一歩踏み込んだ何か」をやれないかと頭を悩ませています。教育なら主催者にリスクはありませんが、事業となると自分が傷つくかもしれません。でもその先にしかないものもあるのではないでしょうか。

良い出会いを経て成長し、より良い現実をつくり、次世代に恩を送る

●JUASは、今後どんな場所になったらいいと思いますか。アドバイスをお願いします。
――人が成長する、ときには生まれ変わる孵化器のような場所になるといいですね。人が成長したり転機を迎えるには、良い人との出会いがあると非常に有利です。最初は「会社から行ってこいと言われたから」参加してきた人が、良い出会いを経て成長し、行動が変わる。そしてJUASを「利用して」現実をより良くしていく。さらに、その恩を次世代に受け渡していく。そういう「恩送り」の連鎖を起こす場にしていきたいと考えています。私自身も微力ながらその連鎖の1つになれたなら、それに勝る喜びはありません。

――もう一つは、目立つ功績や自信を持って語れる何かを持たない人も参加して成長する場にしたいなと思っています。よく、社外交流の場には、それなりに何か実績のある人が出るものだと思われがちです。私もそう思っていました。でもそれだといつまで経っても準備してばかりの人になってしまいます。私も「山田って誰?(大した人じゃないでしょ)」と言われます。そのとおりです。でもやるんです。やることから始めるんです。「何者でもない人が、何者かになっていく」、その道を共に歩みたいと思っています。

※ 掲載内容は2022年12月取材時のものです。
※インタビューはJUAS 五十井、石鍋が担当しました。

<JUASとは>
・1962年設立の「日本データ・プロセシング協会」が前身。
1992年に組織を拡充・改組し、今の「日本情報システム・ユーザー協会」となる。
・主な活動:フォーラム、研究会、セミナー、イノベーション経営カレッジ、企業IT動向調査、JUASスクエア、プライバシーマーク審査

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