リレーインタビュー

第8回 東京ガス株式会社、東京ガスiネット株式会社 鴫谷 あゆみ氏 インタビュー

火中の栗ほどおいしいものはない

鴫谷 あゆみ氏

東京ガス株式会社 常務執行役員 CIO、東京ガスiネット株式会社 代表取締役 社長執行役員

第一線で活躍する方々の経験と哲学をじっくりと伺うリレーインタビュー。 今回は、東京ガスグループのIT戦略を担う鴫谷あゆみ氏に、ご自身のキャリアの土台を作った経験や今後の夢について伺った。

1988年東京ガス入社後、情報システム部門に配属。OA・EUC展開、業務システム開発など各種プロジェクトに参画する。2008年よりリビング本部にてお客さまサービス共通業務システム構築プロジェクトをはじめとした、ITを活用したお客さまサービスの高度化に携わる。お客さまサービス部長、業務改革検討プロジェクト部長、CIS再構築を経て、現在に至る。
JUASには、1996年頃EUC研究会、2009年女性フォーラム(エルプラザ)部会長、2018年よりIT企業TOPフォーラムにご参加、2022年よりJUAS理事。

ひたすらプロジェクトマネージャー人生

●鴫谷さんのキャリアについてご紹介ください。
――大学では、オペレーションズリサーチ(OR)を専攻しました。3次元の積分に挫折し、これを避けるために選んだのが経営工学でしたが、ここでORに出会うことができました。これがとてもおもしろくて、大学3年生~4年生の時が人生の中で一番勉強した時期かもしれません。その後大学院に進み、「学ぶことは楽しいが、自分で発見していく研究者は自分には向かない」と気づき、就職しました。会社見学に行って一番明るい会社に思えたのが東京ガスでした。

入社して最初の仕事は、様々な業務のシミュレーションでした。今でいうと、AIとかデータアナリストの分野で、それを数学で解を出していくというものです。その後、社内EUCを展開するプロジェクトを担当、1995年、一人1台のPC導入とともに勤怠システム構築プロジェクトのリーダーをし、そこからはひたすらプロジェクトマネージャー人生です。その後ユーザー側でシステムを作り、さらにそのサービスを利用する部署の部長を経て、業務改革プロジェクト、大規模システムの老朽化対応プロジェクトを推進しました。その間に常務執行役員に就任し、現在に至ります。

今、電力・ガス自由化や脱炭素化の流れがあり、ガス事業というものが変わろうとしています。また、IT面でもアジャイルなどのように、発注者がいてシステムを作って納品するという時代ではなくなってきます。ITという業界もちょうど変革期です。ガス事業、IT業界と2つの変革期、その両方兼ね合わせた新しい世界を作るのが今のタイミングです。しかも今やっていることもきちんと回しながら。とてもチャレンジングな状況です。

IT側から全社を見たことがプロジェクトマネージャーとしての基盤を作った

●これまでの仕事の中で、一番思い出に残っているお仕事を教えてください。

――どれもそれぞれの思い出がありますが、特にEUCの展開プロジェクトが自分を作ったのではと思います。このEUCは、システム部門が現場部門に環境を提供し、現場で使ってもらわなければならないシステムでした。彼らは何をやりたいのかということを想像し、社内にどんなシステムがあるのか、どんな仕事があるのか、どんなデータがあり、どう流れて、どう使われているのかをあちこち聞いてまわり、調べて、会社の業務を徹底的に勉強しました。また、どのようにこの仕組みを提供すれば現場に役に立つのか考えました。例えば、営業部門では「お客様に送るDMを自分で作れるようになりたいと思っている」と想定し、そのシステムと必要なデータを用意して「こんな風に使えるから使って」といった社内営業もしました。

IT側から全社を見るということを徹底的に学ばせてもらった気がします。その後いろいろなプロジェクトを担当しましたが、プロジェクトの位置付けをすっと理解でき、プロジェクトの隙間が見えます。業務の全容が見えているからこそ隙間が見えやすいのだと思います。そして、その隙間を一所懸命解決しようとしてきました。

その後のプロジェクトでも、勤怠管理システムのプロジェクトでは労務について、経理・調達システムのパッケージ導入では経理、会計について知る、というように、ITの側面から様々な業務を理解しました。

火中の栗は絶対に拾ったほうがいい

●今まで経験した失敗とそこから学んだ事を教えてください。
――失敗はたくさんありますよ。でも、大失敗はない、っていうか、一般的に言われる話ですが、あきらめた人にしか失敗はない、まさにそんな感じです。その時その時の最善を尽くす、成功するまで終われない。終わらせてもらえないというのが正しいかな。

言葉って雑に使うと全然伝わりません。言った、言わないはよくあることで、ベースのイメージが違う中で話していると三遊間ができるのが当たり前。「10月までにやります。」は、10月31日なのか10月1日なのか。自分の言葉で言い換えて確認を取るようにしています。
あとは嗅覚。なにかありそうな報告や提案に、私はよく「気持ち悪い」という言葉を使うらしいです。

●2009年に、JUASの女性フォーラム(エルプラザ)でプロジェクトマネジメントのご講演をいただいたときに、「火中の栗こそ率先して拾え」と言われたことが印象に残っています。
――「火中の栗」があったら、拾わなくてはいけません。周りの人も大変ですが、自分のためじゃなく、会社の目標を果たすために「火中の栗」を拾い、無理を言っているのだということが伝わっていれば、みんなが協力してくれるのかなと思います。
みんなにも「拾ったほうが得だよ」と言っています。拾うことで感謝もされるし、次の仕事の時にも応援してもらえます。お茶を濁して終わらせた仕事は何年かあとに必ず再来します。時にはでっかくなって。やはり最初に拾っておかなくちゃ、と思います。大変だけど、「気持ち悪くない」し。

●決断を迷うとき、どうされていますか。
――間違いがはっきりしているものだと迷わないですよね。右に行っても左に行っても正解はない場合は、行ったほうでがんばるしかありません。それなら自分ががんばりたいほうに行くしかないという考えです。それさえもわからないときは、できるだけいろいろな人の声を聴いて、自分がどちらを気持ちいいと感じるのか、自分を問い詰めます。

変化の時代、スピードを上げ、どんなことでもやってみる

●社長をされている会社には800人以上の社員の方がいらっしゃいますが、コミュニケーションのご苦労はありますか。
――コロナになってからいろんな人との雑談はできなくなっていますよね。自分と直結する人達とは週に1回は必ず定例ミーティングをしています。仕事の報告とは別に、仕事の悩み、報告、なんでもいいのでとにかく時間を作ります。とりとめのない会社の課題と思っていることを雑談していることもあります。

●鴫谷さんご自身は毎日出社されているのですか。
――私自身の出社は6割程度です。コロナが始まったころ、親の介護が必要になりました。在宅勤務と土日を利用して実家に戻っています。コロナがなければこのようなことは考えられませんでした。新しい働き方ですが、どんなことでもやってみて、問題なければ進めていければいい。自分がやってみてつくづくそう思います。

●今後の夢や、やりたいことがあれば教えてください。
――IT戦略=経営戦略となるようキチンと同列にしていきたい。まさにこれから会社が変わっていくタイミングなので、しっかりやっていきたいですね。そのためにもスピードが必要です。安心・安全・信頼は大切だけれど、スピード感がないと今の世の中の変化のスピードには太刀打ちできない。スピードを上げること、IT戦略=経営戦略で現場を変えていくことを一緒にやっていきます。

●プライベートのことも少し教えていただけますか。
――着物は前から続けていますが、三味線はお休み中です。今、和太鼓を習っていて楽しい。ヨガもやっています。和太鼓をやって、自分の身体の使い方を自分で全くわかっていないことに気づきました。しなやかな身体を手に入れるのが目標です。
休みの日は仕事のことは考えません。土日にできない分、平日にやりすぎてしまうことがありますが、どんな時もしっかり寝ることを大切にしています。

納得すること、俯瞰すること、立ち位置を知ること

●人生において(仕事をするうえで)、大切にしていることは何でしょうか。
――納得すること。これをやろうと納得し、自分事化してから仕事に取り組むということを大切にしています。やろうと決めた仕事は周りに迷惑をかけてもやっていこうと今でも思っています。一人ではできないから、納得できるように、周りと一緒に何ができるかを考えています。日本語が伝わらない前提で仕事をするということはキモに銘じています。

●若手の皆様にこれはやっておいた方がいいということがあったら教えてください。
――個人的に自分ができなかったことは二つあって、一つは語学です。グローバルが当たり前になって、デジタルで世界と仕事をする機会が増えました。今後ますます増えるでしょう。もう一つは、人脈です。自社に閉じない情報網を持ち、自分の位置を確認するためにも複数のコミュニティに所属することを勧めたいです。

また、IT部門にいる人は、ITという根っこがあれば会社のどの仕事にも関われる。ITで会社を俯瞰して会社の業務の横串を刺すのがITの役目です。俯瞰ということを意識して仕事に取り組まれるといいのではと思います。

●JUASとはどういう場所で、どうなってほしいでしょうか?感じていることやアドバイスがあればお願いいたします。
――私が初めてJUASの活動に参加したのは、EUC展開プロジェクト終了直後だったと思います。取り組みの発表をしなくてはならず、当時、「あれもこれもできていないから、発表するのは恥ずかしい」と思っていたのですが、いざ発表すると、「すごく進んでいる」とメンバーから感想をいただき、あれっと思いました。この時、外からの目をもらって、自社の立ち位置を知ることの大切さを初めて経験しました。その後の活動でも、仕事が立て込んで参加するのが億劫と思うときでも、参加すると「来てよかったな」と思います。

一方で、情報洪水の中で今JUASの活動に参加していない人に、JUASを認識してもらうのは大変だと思います。でもそこは頑張ってほしいですね。JUASの取り組みをコンパクトに発信する動画などもよいかもしれません。活動に興味を持つ人の裾野を広げることがJUASにとって大切なのではと思います。

※ 掲載内容は2022年9月取材時のものです。
※インタビューはJUAS 姉川、五十井が担当しました。

<JUASとは>
・1962年設立の「日本データ・プロセシング協会」が前身。
1992年に組織を拡充・改組し、今の「日本情報システム・ユーザー協会」となる。
・主な活動:フォーラム、研究会、セミナー、イノベーション経営カレッジ、企業IT動向調査、JUASスクエア、プライバシーマーク審査

■著作権について
すべてのコンテンツの著作権は、当協会および関係する官公庁・団体・企業などに属しています。
このため、当協会および著作権者からの許可無く、複製、転載、転用等の二次利用を行うことはできません。

なお、内容は執筆時の背景に基づいており、過去の事情が現在も同じとは限らない点がありますのでご注意ください。