企業IT動向調査コラム

第1回 学術研究

DXの推進が進んでいる企業の要因分析

JUAS企業IT動向調査部会
向  正道 開志専門職大学 教授 兼 日鉄ソリューションズ株式会社
大内 紀知 青山学院大学 教授

調査部会では調査結果をさらに深く分析することに取り組み始めており、複数回に分けて分析結果を公開してまいります。第1弾として、「DXの推進が進んでいる企業の要因分析」についてご紹介いたします。

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1.はじめに

DXの推進が進んでいる企業の特徴について様々な要因があることが、「企業IT動向調査報告書」で報告されてきたが、どの要因がどの程度影響しているのかについて明らかにされてこなかった。今回、企業の「DX推進状況」とIT組織の「経営改革・DXへの貢献度意識」の2つの質問項目に対し、報告書でも関係があると考えられている質問項目を抽出し、統計的な分析を行った。結果として、DXの推進に影響の大きい質問項目が特定できただけでなく、実際のDX推進状況とIT組織の経営改革・DXへの貢献意識は異なる要因が影響することが理解できた。

2.分析の方法  

本紙は、「企業IT動向調査報告書2023」のデータを用い、2つの質問項目に対する要因分析を進める。

Q3_1:
貴社はDXを推進できていると思いますか。
Q5_3_1:
貴社のIT部門・情報子会社は、経営層から見てそれぞれの役割に応えられているか、最もあてはまるものをお選びください。/事業創造やビジネス面の変革(DX等)

両質問に対し、報告書作成時にDXと関係が深いと考えられてきた質問項目を選定し、欠損値を取り除いたうえで、相関分析、回帰分析、パス解析(※1)を行った(分析データの諸元と質問項目名についてはAppendix. Aを参照(※2))。
影響する要因として選定した質問項目の概要は以下のとおりである。

基本情報:
企業年齢、単体売上高、5年単体売上成長率、IT競争環境認識 等
IT組織:
IT組織内にDX機能あり、新たなIT採用積極性、IT基盤整備状況、
IT部門の要員量的・質的充足度、PJ予算順守 等
関係者:
CIO設置、CDO設置、経営者DX積極性、事業部門DX積極性 等

3. DX推進と各質問項目の関係性(相関分析結果) 

「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」と関係があると考えられる質問を抽出した。その上で、「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」のそれぞれと各質問項目の相関分析を行った。結果を表1に示す。

表1 「DX推進状況」、「経営改革・DXへの貢献度意識」と各質問項目の相関係数
表1
n = 1,002
*** p < 0.001, ** p < 0.01, * p < 0.05

表1から以下のことがいえる。

  1. 「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」は様々な質問項目との間に相関がみられる。
    例:経営戦略とIT戦略の関係、IT組織の業務改善貢献意識、経営者DX積極性、事業部門DX積極性、新たなIT採用積極性 等
  2. 「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」と「企業年齢(Q1_2)」、「営業利益率(Q1_5_1)(※3)」、「IT部門の要員充足度(Q_6_2_1)」には相関がみられない。
  3. 「5年間売上成長率(Q1_4_1)」と「DX推進状況(Q3_1)」は有意ではあるものの、相関係数の値は小さく相関関係はみられない。また、「5年間売上成長率(Q1_4_1)」と「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」の間にも相関関係がみられない。

以上のように、多くの質問項目がDXと相関があることが分かった。
一方で、「IT部門の要員充足度(Q_6_2_1)」と両DXの質問項目とに相関がみられなかった。これは、IT組織の中にはDXの推進を目的としない組織(システム開発や安定運用を主な役割とする企業)もあるため、IT人員の充足度とDXの推進状況が無相関となった理由と考えられる(※4)。同じく、売上に対するIT予算率についても、予算0%等の異常値を除いた759件のデータについて分析したところ、「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」、ともに相関関係は認められなかった。本件も同じくIT組織の役割が関係していると考えられる。

4. DX推進に対する複数質問を組み合わせた因果関係(重回帰分析結果) 

本章では、「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」にどの要因がどの程度影響を与えているかを明らかにするために、「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に影響を与えると考えられる質問項目を抽出し、変数増減法(説明変数を増減して適合度の高い変数の組み合わせを抽出する方法)による重回帰分析を行った。分析結果を表2に示す。

表2 重回帰分析(変数増減法)の結果
表2
*** p < 0.001, ** p < 0.01, * p < 0.05

表2より、以下のことがいえる。

  1. 「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」のいずれに対しては、質問項目の中で「経営戦略とIT戦略の関係(Q1_12)」、「IT組織内にDX機能あり(Q5_1)」の影響が大きい。
  2. 「DX推進状況(Q3_1)」に対しては、①に加え、「経営者のDX積極性(Q5_6_1)」、「新たなIT採用積極性(Q5_8)」の影響が大きい。
  3. 「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に対しては、①に加え、「IT組織の業務改善貢献意識(Q5_3_2)」、「IT組織と事業部門の協力(Q5_7)」の影響が大きい。
  4. 「企業年齢(Q1_2)」、「単体売上高(Q1_3_1)」、「CIO設置(Q1_10)」、さらに「IT部門の要員量的・質的充足度(Q6_2_1)」は、「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に影響を与えているとはいえない。

以上の分析結果から、「DX推進状況(Q3_1)」と「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に影響を与える要因は異なることがわかる。DX推進には、経営者の積極性、新たなITの採用が重要となる一方、経営改革・DXに貢献している意識が高まるためには、経営者より事業部門との関係(協力関係や業務改善への貢献等)が影響している。

5. DX推進に対する複数質問間のパス分析 

4章の分析から「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に影響を与えていないと考えられる質問項目の中には、「DX推進状況(Q3_1)」、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に影響を与えている他の質問項目と関係性が深いものもある。そこで、「DX推進状況(Q3_1)」と「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」の両質問項目に対して、パス解析によって質問項目間の関係を探索的に構築したモデルを提示する。
まず、「DX推進状況(Q3_1)」のパス解析結果を図1に示す。

図1 「DX推進状況(Q3_1)」パス解析
図1

図1より、「DX推進状況(Q3_1)」について、前章までの分析結果に加えて以下のことがいえる

  1. 「IT競争環境認識(Q5_5)」は、「経営者DX積極性(Q5_6_1)」、「事業部門DX積極性(Q5_6_2)」、「IT組織内にDX機能あり(Q5_1)」、「新たなIT採用積極性(Q5_8)」に影響を与えている。
  2. 「経営者DX積極性(Q5_6_1)」は、「経営戦略とIT戦略の関係(Q1_12)」、「事業部門DX積極性(Q5_6_2)」、「IT組織内にDX機能あり(Q5_1)」、「新たなIT採用積極性(Q5_8)」にも影響が大きい。
  3. 「IT部門の要員量的・質的充足度(Q_6_2_1)」については、IT組織の能力である「PJ予算順守(100人月未満)(Q7_2_1)」や「IT基盤整備状況(Q8_2_1)」に影響を与えているとはいえない。

本分析結果より、他社がITを用いた経営戦略を積極的に進めている業態については、経営者がDXの推進に積極的となり、さらに事業部門、IT部門の積極性が高まることで、DXの推進が進んでいると考えられる。

次に、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」のパス解析結果を図2に示す。

図2 「DX推進状況(Q3_1)」パス解析
図2

図2より、「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」について、以下のことがいえる。

  1. 「事業部門DX積極性(Q5_6_2)」、「IT組織内にDX機能あり(Q5_1)」、「IT組織の業務改善貢献意識(Q5_3_2)」は「IT組織と事業部門の協力(Q5_7)」に影響を与えている。
  2. 「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」への影響は、「IT組織内にDX機能あり(Q5_1)」、「IT組織と事業部門の協力(Q5_7)」、「経営戦略とIT戦略の関係(Q1_12)」などの影響が大きい。
  3. 「IT基盤整備状況(Q8_2_1)」は「IT組織のシステム安定貢献意識(Q5_3_3)」を通じて「経営改革・DXへの貢献度意識(Q5_3_1)」に弱い影響を与えている。

本分析結果より、IT組織のDXへの貢献意識が高まるためには、経営者の積極性や事業部門の積極性を通じて、事業部門とIT組織が協力してDXに推進している状況となることが重要であると理解できる。

6.おわりに 

まとめると、本分析から、以下のことがいえる。

  1. DXの推進が進んでいる企業は、経営者の積極性、IT組織内にDX推進の機能・役割があるだけでなく、IT組織が新たなITの採用に積極的ある必要がある。
  2. DXに貢献していると意識しているIT組織は、事業部門との協力関係が重要となる。その際、経営者の積極性、事業部門の積極性、業務改善への貢献が間接的に影響する。
  3. ITを用いた競争環境が激しいとの認識が高まると、経営者、事業部門がDXの推進に積極的になり、間接的にDXの推進に影響する。

5章のパス解析で個々の相関関係は理解できたものの、モデル全体の統計的有意性が高いわけではない。本分析の限界についても言及する。
一点目に、IT組織中心の調査であったことから、DX推進上重要となる事業部門の業務能力等に対する調査が不足するため有意性が低くなったと考えられる。二点目に、データの中にはDXを目指していないIT組織も含まれるので、今回影響が小さかったIT基盤の整備状況、PJ推進状況等、多様なIT組織の目的を踏まえたデータの収集と分析が必要と考えられる。三点目に、一般的にIT人材についてはDX推進と関係が深いと考えられるが、欠損値の関係でIT組織全体の分析とならざるを得なかった。個々の職種の相関関係は確認できたため、IT組織の役割を踏まえて分析手法の改善が必要となる。

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(※1)統計ツールとして、R for Windows 4.3.1を利用。
(※2)Appendix. AはレポートPDF内に掲載。
(※3)学術的な研究においては、IT投資金額と財務的成果の間には相関関係がないことが言われている。まず、業務の競争力は他のIT以外の業務的な経営資源との相互補完関係が必要条件となることが言われており、さらに財務的成果については、経済環境や業界の競争環境に依存することが述べられている。
(※4)職種別にみた場合、相関関係が認められる職種があるが、職種別のデータは欠損値も多いため全体の分析には利用していない。

企業IT動向調査に関するお問い合わせ先
JUAS 企業IT動向調査担当:鈴木(itdoukou@juas.or.jp)

<参考>

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