企業IT動向調査コラム

第1回 学術研究

DX推進に向けたIT部門と業務部門の関係性について

JUAS企業IT動向調査部会
向  正道 開志専門職大学 教授
大内 紀知 青山学院大学 教授

調査部会では調査結果をさらに深く分析することに取り組み始めており、複数回に分けて分析結果を公開してまいります。2025年度 第1弾として、「DX推進に向けたIT部門と業務部門の関係性について」ご紹介いたします。

» 本レポートPDFはこちら

1. はじめに

DX等、デジタル技術を用いた新規ビジネスや組織改革で成果を実現するためには、IT部門と業務部門の協力的な関係が前提となると考えられる。本レポートでは、どのような取り組みがIT部門と業務部門の距離感を縮めDX等を促進するのか、「企業IT動向調査報告書2025」のデータをもとに「IT・業務部門協働モデル」を設計し分析を行う。

2. 分析対象

本レポートでは、「企業IT動向調査報告書2025」のQ3_1、Q6_5に対するQ6_6の8つの質問項目について統計的な分析を行う(※1)(データの諸元については、Appendix. A(※7)を参照)。

Q3_1
(DX推進状況)貴社はDXを推進できていると思いますか
選択肢:
1.非常にそう思う、2.そう思う、3.どちらともいえない、4.そう思わない、5.まったくそう思わない
Q6_5
(IT・業務部門の協働)IT部門と業務部門との関係について、最もあてはまるものを選択してください
選択肢:
1.多くの業務部門と企画段階から共同のプロジェクトを推進できる関係にある
2.特定の業務部門とは企画段階から共同のプロジェクトを推進できる関係にある
3.業務部門と会話の場を持っており、現場の要望等に対応している
4.社内の定期的な会議体でお互いの進捗等を報告するレベルにある
5.業務部門と会話する機会は少ない
Q6_6
業務部門とIT部門の現状について (Q6_6_1~Q6_6_8の8つの質問について)、最もあてはまるものを選択してください。
選択肢:
1.非常にそう思う
2.どちらかといえばそう思う
3.どちらかといえばそう思わない
4.まったくそう思わない
Q6_6_1
(中期的な優先順位合意)業務部門で必要となる施策が一覧化されており、リソースの過不足等も踏まえ中期的な優先順位をお互いに合意している
Q6_6_2
(投資計画の共同作成)業務部門はデジタル化やIT導入を戦略上の重要事項と位置付けており、投資計画等を共同で作成している
Q6_6_3
(デジタル化の成果認識)業務部門では、デジタル化やIT導入により十分な成果が得られていると認識している
Q6_6_4
(キーマンとの人的関係)IT部門、もしくはIT部門長が、業務部門のキーマンとコミュニケーションを取りやすい人的関係がある
Q6_6_5
(ローテーション)業務部門とIT部門の間で、よくローテーションが行われている
Q6_6_6
(IT人員の派遣)IT部門の人員を、業務部門に派遣している
Q6_6_7
(IT情報発信)IT部門は、業務部門に対して成果(稼働実績等含む)やIT動向について適時情報発信を行っている
Q6_6_8
(現場の改善推進)IT部門は、定期的に現場の要望を確認しており、改善案の提案、及び改善を実施している

3. IT・業務部門協働とDX推進状況の関係 

「IT・業務部門協働モデル」を提示する前に、Q3_1(DX推進状況)とQ6_5(IT・業務部門の協働)の関係について、回帰分析(※2)を行った結果を図1に示す。

図1 Q3_1とQ6_5との回帰分析
図1 Q3_1とQ6_5との回帰分析

Q3_1とQ6_5の間には有意な関係があることがわかる。一方で、修正済み決定係数(※3)が0.076となるため、Q3_1は他の要因(例えば、経営者のリーダーシップや新たなIT採用等)による説明の余地が残されていることがわかる(※4)。

4. IT・業務部門協働のモデル構築  

Q6_6で設定したいくつかの質問項目には、相互に関係のある質問項目が含まれている。同時に行われている取り組みについて質問項目をグループ化したうえで、Q6_5(IT・業務部門の協働)に対する因果モデルの構築を行う。

4.1 IT・業務部門協働モデル構築に向けた取組グループの抽出 ― 因子分析

まず、Q6_6質問項目間の相関関係を見ると表1のようになる。表1の相関関係から、いくつかの取り組みが同時に行われることがわかる。

表1 Q6_6質問項目間の相関関係
表1 Q6_6質問項目間の相関関係

次に、Q6_6質問項目について因子分析(※5)を行った結果を表2に示す。因子分析を通じて、3つのグループが因子として抽出された。

表2 Q6_6因子分析
表2 Q6_6因子分析

因子分析の結果をもとに、それぞれの因子の解釈から以下のように命名する。

(1) 第1因子:相互の信頼関係構築(Q6_6_4、Q6_6_7、Q6_6_8)
Q6_6_8の現場の要望確認と改善の実施、関連して、Q6_6_4の業務部門のキーマンとIT部門リーダーの良好な人的関係が構築、またQ6_6_7の情報発信が同時に進められている。以上から、IT部門と業務部門の相互の信頼関係を構築する取組グループと解釈できる。第1因子を「相互の信頼関係構築」と命名する。

(2) 第2因子:戦略の合意と計画化(Q6_6_1、Q6_6_2)
Q6_6_2では実際にIT投資計画を共同で作成する関係にあり、その前提となるQ6_6_1の中期的な優先順位の合意が同時に進められている。第2因子を「戦略の合意と計画化」と命名する。

(3) 第3因子:現場の人的支援(Q6_6_5、Q6_6_6)
Q6_6_5の人員の部門間ローテーション、およびQ6_6_6のIT人材の業務部門への派遣が同時に進められている。第3因子は「現場の人的支援」と命名する。

なお、Q6_6_3のデジタル化の成果認識については、因子1、因子2と関係があるが、Q3_1のDX推進状況と同様、結果を示す変数とも解釈できる。実際、Q3_1とQ6_6_3の間の回帰係数は0.569となり、質問の点数が4および5の違いがあるが、Q3_1とQ6_5間の回帰係数0.230より高い値となる。以降の分析ではQ6_6_3は要因ではなく、結果を示す質問項目と考えモデルから外すこととする。

4.2 IT・業務部門協働のモデル

因子分析の結果を受け、3つの因子をもとにQ6_5(IT・業務部門の協働)に対するモデルを構築する。合わせて、比較のため、結果を示す質問項目としたQ3_1(DX推進状況)についてもモデルを示すこととする。
具体的には、以下の3つの潜在変数(※6)についてモデルの分析を進める。

f1(相互の信頼関係構築) :Q6_6_4、Q6_6_7、Q6_6_8
f2(戦略の合意と計画化) :Q6_6_1、Q6_6_2
f3(現場の人的支援) :Q6_6_5、Q6_6_6

まず潜在変数間の関係は図2のようになる。それぞれの潜在変数間に有意な相関関係が認められる。ただし、f1とf2の相関係数(0.727)に対し、f1-f3間、f1-f2間の相関係数0.493、0.587と、やや小さくなる。

図2 3つの潜在変数間関係
図2 3つの潜在変数間関係

以上の関係を踏まえ、Q6_5(IT・業務部門の協働)に対する因果モデルを図3に示す。また、2章においてQ3_1とQ6_5間の回帰分析において修正済み決定係数が小さかったこともあり、Q3_1(DX推進状況)に対する因果モデルも同時に示すこととする。

図3 Q6_5、Q3_1の因果モデル(パス解析)
図3 Q6_5、Q3_1の因果モデル(パス解析)

まず、Q6_5を目的変数とする因果モデルにおいては、f1(相互の信頼関係構築)からQ6_5へのパス係数のみが有意であった。このことから、IT部門と業務部門が共同でプロジェクトを推進できる関係にあるためには、Q6_6_4(キーマンとの人的関係)、Q6_6_7(IT情報発信)、Q6_6_8(現場の改善推進)の3つの取り組みが重要となる。
次に、Q3_1の因果モデルについては、f1(相互の信頼関係構築)だけでなく、f2(戦略の合意と計画化)もパス係数が有意となった。DXの推進には、f1に加えQ6_6_1(中期的な優先順位合意)、Q6_6_2(投資計画の共同作成)の取り組みも必要となる。つまり、戦略面の合意や投資計画の共同作成を行うことが、成果を上げるために必要となることがわかる。
一方、いくつかの企業では、現場の改善のためにIT人材の派遣やローテーションを行っている。今回、Q6_5、Q3_1に対するf3(現場の人的支援)からのパス係数は有意ではなかった。これは、Appenddix.A(※7)に示すように、Q6_6_5(ローテーション)、Q6_6_6(IT人材の派遣)は取り組んでいる企業数も少ないことから、本調査の範囲では統計的に有意な影響を検出できなかった可能性がある。図2に示した潜在変数f1・f2・f3の相互関係も合わせて考えると、f3は有効ではないということではなく、Q6_5やQ3_1に対して、f1、もしくはf2を経由して間接的に影響する取り組みである可能性も考えられる。

5. まとめ

以上の分析から、以下の結論を得ることができた。

① IT部門と業務部門との協働関係構築は、DX推進に有効である。ただし、DXの推進に対して、協働関係で説明されるのは一部であり、他の要因も影響を与える。
② IT部門と業務部門との協働に向けた取り組みとして、相互の信頼関係を築く取り組み、具体的には、業務部門キーマンとの関係構築、現場の要望確認と改善の推進、ITに関する情報発信が有効である。
③ 実際にDX等の成果を実現するためには、相互の信頼関係構築に加え、戦略に対する優先度の合意や共同での投資計画の作成が重要となる。
④ 現場とのローテーションやIT人材の現場派遣は、IT部門と業務部門の信頼関係構築や共同での計画作成に有効であるが、直接プロジェクトの共同推進やDX等の成果につながるものではない。

» 本レポートPDFはこちら

(※1)統計ツールとして、R for Windows 4.4.2を利用。
(※2)回帰分析とは、結果と要因の関係を分析する手法となる。結果(目的変数、または従属変数と呼ばれる)に対し、1つ(単回帰分析)、または複数(重回帰分析)の変数(説明変数、または独立変数と呼ぶ)との関係を統計的に明らかにする手法となる。
(※3)決定係数とは、回帰分析において、モデルが目的変数の変動をどの程度説明できているかを示す指標であり0から1の間の値をとる。値が1に近いほど、説明力の高いモデルといえる。
(※4)他にどのような変数が考えられるかについては、企業IT動向調査2024(2023年度)第1回学術研究「DXの推進が進んでいる企業の要因分析」を参照してほしい。
(※5)「因子分析」とは、複数データ間の関連性を明らかにする統計手法の一つ。質問項目が多数ある場合、少数の分析軸(因子)を抽出することで、結果に対するデータの解釈が容易になる。なお、今回因子回転はプロマックス回転を用いている。
(※6)潜在変数とは、相互に関連する複数の観測変数の背後にあると仮定される、直接は観測できない変数であり、観測された他の変数から推定される。図2に示すように、潜在変数とそれに対応する観測変数との関係の強さを示すことができる。
(※7)Appendix. AはレポートPDF内に掲載。

当分析には会社名、ご回答者名がわからない状態の「企業IT動向調査2025(2024年度調査)」のデータを用い分析しています。「企業IT動向調査2025(2024年度調査)」を用いた分析結果はJUASのHPでの公開のほか、対外発表も予定しております。

企業IT動向調査に関するお問い合わせ先
JUAS 企業IT動向調査担当:(itdoukou@juas.or.jp)

<参考>

■著作権について
すべてのコンテンツの著作権は、当協会および関係する官公庁・団体・企業などに属しています。
このため、当協会および著作権者からの許可無く、複製、転載、転用等の二次利用を行うことはできません。

なお、内容は執筆時の背景に基づいており、過去の事情が現在も同じとは限らない点がありますのでご注意ください。